translated from the Washington Post
このギャングは日本ではビッグな存在
ジェイク・アデルスタイン
2008年 5月 11日(日曜日)
私はこの15年間のほとんどを、日本の裏社会で過ごしてきた。3年前まで、私は、日本最大の新聞社とされている読売新聞で事件記者および警察担当記者を務めていた。ペットブリーダーでもあった連続殺人犯、中学生を誘拐した児童ポルノマニア、そして、日本のジョン・ゴッティ(※ニューヨークのマフィア。 5大ファミリーの一つガンピーノ一家のボス)に匹敵する人物などに関する記事を書いてきた。
私は19歳で日本にやってきて、大学時代を禅宗の寺で過ごし、日本の新聞に日本語で記事を書く正社員の記者となった初のアメリカ人となった。日本について少しでも知っている人ならば、外人が日本の警察担当の記者になるということがどれほど特異なことか分かるだろう。警察取材を 1990年前半に始めた時点では、私は日本のマフィアであるヤクザについては一切知らなかった。しかし、彼らの組織的売春や恐喝・ゆすり行為を取材することが私の生活になった。
大多数のアメリカ人は、日本は、信頼できる同盟国であり、法律が守られた平和な国だと思っているが、闇社会の取材をするうちに、私は異なる視点でこの国を見るようになった。組織犯罪集団(※暴力団・ヤクザ)というのは、日本で合法的な存在なのである。彼らのファン雑誌や漫画がコンビニエンスストアで売られ、ボスたちは、総理大臣や政治家と交際している。そして、アメリカ合衆国から見れば、日本が、米国戦艦に海上給油はしてくれるかもしれないが、組織犯罪に対する米国の闘いには支援してくれるわけではない。そうした認識が、私がものにした最大のスクープにつながった。
私は自分の仕事に愛着を持っていた。組織犯罪と闘う警察官たちは、大酒飲みの型破り人間であり、多くはブラックスーツに身を包み、黒髪をきちんと整え、そのほとんどは彼らの敵であるヤクザのように見える。彼らは日本社会ではアウトサイダーであり、恐らく私もアウトサイダーだったからだろうか、我々はウマがあった。一方で、全身を覆う入れ塁、詰められた指、そして疑似家族的な構造など、ヤクザの部族的な特徴も、エーリアンの生態のように注目せずにはいられないものであった。その生態に、野生動物を見つめる人のように魅せられてしまった私は、余りにも近付き過ぎてしまったが故に、自分の生命の心配をしなければならなくなってしまった。それについては後ほど触れることにする。
日本の警察庁(NPA)は、ヤクザの構成員数は約 8万人と推定している。最も強大な山口組は、ヤクザ界の“ウォルマート”として知られており、 4万人に近いメンバーを抱えていると言われる。東京だけをとっても、警察は 800社以上のヤクザの隠れ蓑となっている企業(フロント企業)の存在を突きとめており、それらには、投資及び会計監査会社、建設会社、菓子屋などが含まれる。また、闇社会の情報源によれば、ヤクザはカリフォルニアに自身の銀行までをも設立しているという。
最近 7年間で、ヤクザは金融業界に進出してきている。日本の証券取引等監視委員会は、組織犯罪と関係した 50社以上の上場企業のリストを有している。こうした企業が市場にあまりにはびこっているので、大阪証券取引所の担当者らは、すべての上場企業をチェックし、ヤクザと関係のある企業を追放することを決定した。このことが、米国と何の関係もないと思うのであれば、もう一度考えてみてほしい。アメリカ人は、巨額の資金を日本の株式市場に投資している。ということは、米国の投資家が日本のギャングに資金を提供しているという可能性もあるということである。
私はかつて大阪出身の刑事に、日本の警察当局は、ヤクザの活動についてそれほどよく知っているのに、なぜ取り締まらないのかと尋ねたことがある。すると彼は、「日本には RICO法(※犯罪行為の影響下で腐敗した拡大犯罪組織の根絶を目指す法律) がないし、武器を持たせていないからだ。」と彼は説明してくれた。「日本には、司法取引や、証人保護プログラム、あるいは証人転居プログラムがない。下っ端の人間が目上の人間について証言する理由がない。それは逮捕者にして百害あって一理なしの話だ。だから、結局、我々は枝葉を摘み取ることだけに大部分の時間を費やすことになる…..もし政府が手段を与えてくれれば、奴らを一掃できるが、そうした手段は我々にはないのだ」。
古き良き時代、ヤクザは、売春、麻薬、用心棒代、上納金の徴収、児童ポルノなどの低俗な犯罪からその資金を上げることができた。中でも児童ポルノは、依然としてヤクザの基本的な資金源である。これも、日本が米国の友好国家であるという立場を疑わせる状況。
1999 年、社会部時代で、日本最大の風俗施設密集地帯である歌舞伎町も含む東京を取材する仕事を与えられた当時、日本が国際的な圧力を受け、官僚たちは児童ポルノを渋々と非合法化した。しかし現在でも効力を有しているこの禁止法にはひとつの大きな欠点がある。それは、児童ポルノの制作・販売を刑事罰の対象にしているものの、所有は対象にしていないということだ。そのため、この巨額の金を生む産業は、衰退することなく存続している。たとえば、広く入手可能なポルノ雑誌の先月号の宣伝文句には「カバーガールはこれまでで一番若い 14歳! 」というような宣伝文句が記されている。歌舞伎町には依然としてこのような代物が溢れており、さらに、十代のセックスワーカーも簡単に見つけることができる。さらに、十代のストリッパーが身に付けた下着を売る専門店を見掛けたこともある。
禁止規定があまりにも弱く、その児童ポルノを違法に販売するヤクザを取り調べることは、事実上不可能である。米国大使館のスポークスマンは、最近私に「米国は、日本の警察当局に相当数の事件の照会を行ったが、米国側の担当者は、児童ポルノの所有は合法のため、日本の警察は、取り調べを行うことができないと例外なく言われている。」と述べている。 2007年、日本のインターネット・ホットラインセンターは、児童ポルノを表示している 500以上の圏内のウェブサイトを突きとめている。
日本でも、児童ポルノの所有自体を刑事罰の対象にするべきという議論もある。しかし、いくつかの政党(そして、巨額の富を得ている出版社)が、この案に反対している。米国の警察関係者は、ヤクザが制作した児童ポルノが米国に流入するのを阻止したいと考えており、そのような法律の制定を支持するだろう。しかし、米国は、ヤクザ自身を米国に入国させないようにすることもできないのだ。それはなぜか?日本の警察が情報共有を拒んでいるからである。昨年、元 FBI捜査官のひとりが、10年に及ぶ会議の中で、警視庁は米国側に50名のヤクザ構成員の氏名と生年月日しか明かしていないと話してくれた。「80,000名のうち 50名だけだよ」と彼は言った。
このように日本側の協力が欠知していることが原因となり、あるヤクザと驚くべき取引が交わされた。この取引を記事化しようとした時、自分の人生をめちゃくちゃにした。2001年5月18日、”日本の のジョン・ゴッティ”とも呼ばれた悪名高き日本のヤクザのボスである後藤忠政(山口組後藤組)が、肝臓移植を受けるために飛行機で米国へ飛んだ。その下準備をしたのが米連邦捜査局(FBI)。
後藤はこのときの手術のおかげでまだ生きているのだが、 FBIが日本の警察当局に相談せずに後藤と取引をしたために、日本の警察関係者の中にはそのことに憤慨しているものもいる。けれども、米国側の視点に立てば、これは、必要悪であった。
FBI は長年、ヤクザが米国で、マネーロンダリングを行っているのではないかと疑っていた。日本及び米国の警察関係者によると、後藤が次のように取引を持ちかけた。後藤が「肝臓移植手術を米国で受けることを許可されるのと引き替えに、山口組の隠れ蓑会社(フロント企業)や構成員についての内部情報を提供する」と申し入れた。当時、この取引を周旋し、東京で FBI代表を務めていたジェームス・モイニハンは、現在でもこの取引が正しかったと主張する。
「誰がヤクザのメンバーか分からなければ、彼らの米国での活動を監視することができないからだ。後藤は、約束したほんの一部分しか我々に教えてくれなかったが、それでも、何も情報がないよりはましだった」と 2007年、彼は述べている。
山口組に関するある嫌疑は、 2003年秋に、私が取材した移民税関捜査局(ICE)の特別捜査官たちが、闇金の帝王として知られるヤクザ組織のボスのひとり、梶山進が米国のカジノ口座及び銀行に預けていた 200〜300万ドルの資金を突きとめたことで裏付けられた。 ICEの捜査官たちは、日本の警察当局から手がかりを得たわけではなく、後藤の取引事案に参照して情報の一端を得たと話していた。
日本の警察当局とは異なり、米国の警察関係者は、日本側と情報共有を行ってきた。両国の関係者たちは、 2003年 11月に、警視庁が、移民税関捜査局及びネバダ州賭博規制委員会から得た情報を使って、ラスヴェガスの大手カジノの関連会社から梶山に貸与されていた日本にある金庫から 200万ドルを没収したことを認めている。 ICEの特別捜査官によれば、梶山の武勇伝は、他に関わりのない単独の犯行ではなかった可能性もあるという。「もし、日本側からもっと情報をもらえていたならば、同様のその他の事件を必ず見つけられたと思う」と彼は、昨年私に話してくれたからだ。
私は第2の故郷とも言える国のヤクザの問題に対してまったく客観的ではいられない。 3年前、後藤の耳に私が彼の肝臓移植について記事を書くという話が伝わった。その数日後、彼の手下が遠回しに私を脅迫してきた。そしてその後、予め決まった場所で、その際に提示された条件はきわめて率直なもの。「記事を消すか、あんたとあんたの家族は消されるか」と、手下のひとりは言った。 私はこの脅迫を真面目に受け取らなければならないと十分承知していた。そこで、日本の警察の老練の刑事のアドバイスを聞き入れ、スクープをあきらめ、 2ヶ月後に読売新聞を退社した。けれども、私は決してこの記事を忘れたことがなかった。そして、そのことを本に書こうと思ったのだが、そこには、本が出版される頃には、健康に問題を抱えた後藤は死んでいるだろうという計算があった。また、後藤が死んでいないとしても、私は、土壇場で問題の部分を本から削除するつもりだった。
実際には昨年の 11月に後藤の肝臓移植に関する本の一部が外部へ漏れてしまった。現在、 FBIと地元の警察当局が、米国で私の家族を見守ってくれており、また、日本では、東京の警察と警視庁が私の身の安全に気を配ってくれている。私は家に帰りたいと思うが、後藤は、狙った相手と、その近くにいる者を見境なく消そうとするという評判をもっている。
3 月初旬、私の面前で、ひとりの FBI捜査官が後藤の組織の全構成員のリストを、警察庁の官僚に渡すよう依頼した。なぜそれを頼んだかというと、彼らが私の家族を殺しに渡米することを防止しようと、警察庁に依頼した。警察庁は当初「プライバシーに抵触する怖れがある」として渋っていたが、良心に照らし合わせた結果、約 50名の氏名を渡してくれた。しかし、警視庁のファイルには、 900人以上の構成員の名前が列記されているのである。私は、誰かがこのファイルを 2007年夏にオンライン上に掲示したために知っているのである。この情報漏洩のため、ひとりの日本の刑事が解雇されている。
もちろん、私の言い分には多少のバイアスがかかっている。けれども、凶悪犯罪者の個人的なプライパシーよりも私の家族の安全を重んじることが利己的だとは思わない。そして、刑事事件の記者として、私は、日本側が米国側とヤクザに関する情報を共有しないことに当惑している。
恐らく今回も、私は無分別なことを言っているのかもしれない。もしかすると、日本政界のエリートが、ヤクザがこれほどまでに強くなってしまったことを恥じているのだろう。そして、もし恥じていないとしたら、彼らはそれを恥じるべきなのである。
ジェーク・アデルステイン